叔父の葬儀で自分の煩悩を再認識した件

叔父の葬儀で自分の煩悩を再認識した件イメージ

今年の初めの頃に書いた記事で、
ここには載せてなかった
死生観についての割とシリアスな記事を
そろそろ、お盆の季節でもあるので、
載せようと思う。

興味の無い方は、スルーしてください。

一昨日、僕が東京へ行っている間に、
父親方の叔父(父の兄)が死んだということを
昨日の朝、帰宅した直後に知らされることとなった。

僕が子供の頃、両親の不仲で長く
別居状態が続いていた頃があって、
その頃から、父親方の親類との関係が
遠のいたこともあって、二十年近くは
おそらくは会っていなかったと思うが、
近しい親類であることは間違いなく、
今日、父親と共に当家の長男という立場で
葬儀に出席してきた。

そこには、僕が十代の頃まで、
とても優しく接してくれていた、
遠い記憶の中の叔父の姿からは、
かなり年を経た、老いた死顔があった。

齢90歳。

日本人男性の平均寿命よりはかなり長く
生きたと言えると思うし、
大往生の部類に入ると思うが、
ふと、僕がその歳まで生きたとしても、
今の自分の年齢の倍は生きられないのだなと思い、
葬儀場の末席に座って焼香の匂いを嗅ぎながら
何だか焦りを含んだ恐さを感じている
自分に気が付いた。

僕は常々、死にたくないと思っている。

何としても100年以上は生きたいと
思っているのだ。

生きれるものならもっと生きたい。

これまで僕は、山や海といった自然を舞台に、
死ぬかもしれない状況を自ら作り出して、
その状況から生還するといったことを
何度か繰り返してきた。

こんなことを書くと、頭がおかしいと
思われるかもしれないが、
その状況下で生き抜く為の行動をしている時、
そして、そこから生還することができた時、
強烈に生きている実感を得ることができる・・・

その瞬間こそが、僕の人生の最高の
至福のときであるといっても過言ではないのだ。

死ぬのは嫌だ。

死ぬ間際の最後の1秒まで
どうやったら生きれるかを考えていたい。

死ぬことなんか恐くないということを
平気で言う人を見かけるが、
僕にはその精神構造が理解できない。

ある程度歳をとれば、そんな心境に
辿り着くことができるのだろうか。

最近良く考えるのが、
もし仮に人工的な脳が開発されて、
自分の脳内の情報をすべて移植し
もとの脳を捨てたとしたら、
その人工脳は果たして自分なのかということだ。

さらにいうと、
この世界のものは量子力学的に考えると、
何種類かの粒子によって全て作られている
ということになると思うが、要は、
自分も机もウンコも太陽も全て同じもので
できていると考えられるとすると、
自分の意識や自我というものも
エネルギーや粒子のような存在として
自分の身体以外のところにでも
存在しうることができるのかどうかということだ。

つまり、僕が死にたくないというのは、
自分の意識や自我が永遠に消えてしまう
ことへの恐怖なのだと思う。

死ぬまでに人生の悔いを残さないように
精一杯生きようとか、
本当にいい人生だったと言って死ねれば
それが一番の幸せだとか言うが、
確かにそれは、より良い人生を生きる為に
必要なひとつの動機付けにはなると思うし、
僕自身もそんな生き方をする覚悟を決めている
つもりではあるが、それでもやはり、
自分が消えて無くなってしまうことが
この上もなく恐いというのが
正直な気持ちだ。

まだ20代の頃に、
ある宗教にコミットしている友達から、
お前は成仏できないタイプの
人間だと言われたことがある。

いままで何故か、その言葉をずっと
忘れることが出来ずにいたが、
多分その友達は、僕の生への固執を
そのとき見抜いていたのかもしれないなと
思うようになってきた今日この頃である。

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