人生を変えることが出来ないことがむしろ当たり前な件

人生を変えることが出来ないことがむしろ当たり前な件イメージ

私たちは日々、色々な決断をしながら生きています

 

今日のお昼は何を食べるのかとか、
散らかった部屋を片付けるかどうかとか、
新しいテレビを買うべきかどうか・・・

そして、その1つ1つの決断のほとんどが、
日常の生活の一部として、
それほどストレスなく行われていると思います。

でも時には人生の流れを変えてしまうほどの
大きな決断を迫られるときもあります。

この人と結婚すべきかとか、
この仕事を辞めるべきかとか、
住み慣れた土地から移住するかどうか・・・

このような大きな決断をくださなければ
ならない場合は、長い期間迷い続けたり、
物事が手に付かなくなったり、
考えること自体を放棄してしまうことだって
あるのではないかと思います。

どちらも、決断していることには変わりはなく、
いくつかの選択肢の中から1つを選んでいるに
過ぎないのですが、なぜそんなに気持ちの
有りようが違ってくるのでしょうか。

もちろん、今までの経験や自分なりの
理論や感覚的なものに照らし合わせて、
方向を決定するのだとは思いますが、

私が思うには、その決断が自分の
「コンフォートゾーン」の中で完結するかどうかが
大きな鍵となっているように思えます。

人にはコンフォートゾーンというものがあります

 

それは、自分がそこにいて心地よいと感じる
物理的、精神的な範囲のことで、
そこから逸脱したことが起こったりすると、
心身ともに拒否反応を起こし、強い違和感を感じたり、
極端な場合は頭痛や悪寒など肉体的にも
強いストレスがかかるようになり
自分のコンフォートゾーンに留まろうとする
意識が働くようにできています。

要は、自分の身の安全を確保しようとする、
本能的な仕組みですね。

人が正気を保って健全に生活してくには
必要不可欠なものなのですが、
実はそれが逆に、自分の成長を妨げる
要因になったりすることもあるのです。
例えば、前述した仕事を辞めるという決断をするとき、
その仕事が自分に合っているかどうかに関係なく、
それまで自分がある程度の期間携わってきたことによる
経験的な慣れや安心感といったもので形成された
コンフォートゾーンが必ず出来上がっています。

新たなコンフォートゾーンの形成

 

仕事を辞めるということは、そのコンフォートゾーンの
外側へ出てしまう行為となるので、
強い違和感を感じ、迷ったり、あきらめたり
してしまうのです。

仕事を辞めて独立起業したり、
自分に合った職業へ転職したりといったことが、
自分を次のステージへ移行させ、
成長させてくれるかもしれないのに、
その可能性を自ら止めてしまうといったことは、
人間としては、むしろ当たり前な行動と
言えるかもしれません。

つまり人生の大きな決断をする時は、
自らの強固なコンフォートゾーンを打ち破り
つぎの次元であらたなコンフォートゾーンを
形成しなければならず、
それは、人間の脳の仕組みからいっても、
とても困難なこととなるのです。

でも、人生の夢を持ち、
それを現実のものにしようとするのなら、
その人間にもともと備わった機能をも凌駕し
コンロトール下に置いて、人生を変える
大きな決断を行わなければならない場面が
必ず訪れます。

私たちはそういった大きな決断の場面に
いよいよ遭遇した場合、自らの脳の仕組みを
理解したうえで、感情に流されず、
冷静な判断を下すことが出来るように、
準備しなければならないと思います。

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